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レコード「敵機爆音集」と絶対音感教育
     ~猪去さんの投稿に応えるかたちで~


猪去さんが聴かれた「敵機爆音」のレコード。敗戦10年目の昭和30年に聴かれたとのこと。まだ(無造作に)残っていたことになります。私は「敵機爆音集」を聴いたことのない世代なのですが、これは音楽にも関係しているので、触れてみます。

まず、講談社『昭和 二万日の記録』第6巻(平成2年1月刊)に「敵機爆音レコード」と題した解説があります。短いので全文を紹介します。
「千葉県陸軍防空学校監修のレコード『敵機爆音集』が5月(昭和18年)、日蓄から発売された。空襲に備えて敵機を識別するため、ボーイングB17重爆撃機、カーチスP40戦闘機などの爆音が、高度別に収録されていた。日蓄は、20年にも『B29の爆音』を発売した。これらで「音感教育」として爆音の識別訓練を行う学校もあった」

内容は猪去さんの記述と符号しています。とくに高度別の音を収録しているところなど。このような「生活文化」に近い分野の資料は保存されることが少ないので、今でも母校に保存されているといいですね。
少し補足説明をしますと、レコードを発売した日蓄とは、戦後の日本コロムビアレコードが太平洋戦争中に使った商号です。1942年(昭和17年)に㈱日本蓄音器商会から日蓄工業製造㈱に変更し、レーベルも「コロムビア」から「ニッチク」に変えています。「コロムビア」をやめたのは、それが敵性語だからです。この年1月、内務省と情報局は「敵性語」と「敵性音楽」を禁止するリストを発表し、追放に乗り出しています。歌手のディック・ミネが三音耕一へ名前を変えさせられたことなどは有名な話です。

問題の音楽との関係について見てみます。正しくは音楽教育との関係、狭めると音感教育との関係になります。
日本では「絶対音感」習得が、熱病のように流行った時代があります。今でもあるのかもしれません。「絶対音感」とは、ランダムに示された音の名前を言い当てる能力のことです。あるいは、音名が示されたときに、その高さで正確に歌うことができる、あるいは楽器で出せる能力のことです。やさしく言えば、小鳥のさえずり、救急車のサイレンを「ドレミ…」で聴くことのできる能力です。

以下、最相葉月著『絶対音楽』の記述から紹介していきます。

西洋音楽に初めて触れた日本人は、欧米人の耳の良さにカルチャーショックを受けました。苦心惨憺の努力のすえに弾けた曲を欧米人の子は軽々と弾きこなす。また、訪ねた家庭では一家全員がア・カペラで合唱する。そのことから、幼児期からの音感教育の必要性を考えたのが園田清秀だった。園田は留学したパリから妻宛てに息子・高弘の音感教育について指示を出す。鍵盤が見えない位置に立たせ、和音を聴かせ、何の音が鳴っているかを当てさせる方法だった。1932年(昭和7年)に帰国した園田は故郷大分に帰り師範学校付属小学校で本格的な音感教育を始める。その教育法は、自由学園を創立した羽仁もと子や作曲家山田耕筰らの理解と後援を得て広がっていく。1935年には、東京朝日新聞、時事新報が「絶対音早教育」と大きく報道する。その公開発表に協力した笈田光吉は「絶対音感教育」として体系化し、教育現場に広めていく。各地にリーダーが生まれていく。ここまでが前史です。

次に絶対音感教育が軍事技術と結びついていった過程をみてみます。最相葉月著『絶対音感』からの引用です。

「一方、こうした学校現場での動きとは別に、笈田光吉は海軍に対して絶対音感教育による聴音訓練の採用を具申していた。音の高さ、音色、リズムなどを鋭敏に感得することが対潜水艦、対飛行機作戦に重大な関係があると考えたのである。笈田の提唱は軍部、特に海軍水雷学校に絶大な支援を受けて兵隊の基礎訓練に採用された。
 笈田はこの功績によって、奏任官待遇で海軍に迎えられた。海軍大佐の平出英夫は、永田国民学校において、『大東亜戦争と音楽』と題する講演を行い、『今日は音楽の戦争といえる時期にある。耳の感がよいことは、音に対する感がよいということであり、戦争の勝敗に非常な影響がある』と聴音訓練の有効性を強調した」

絶対音感は、こうして軍事技術と結びついた。
海軍では、潜水艦の型や進行方向を聴きわけるためにスクリュー音の識別を行った。園田の息子・高弘(戦後日本で初の国際的ピアニスト)もさまざまな艦船や爆撃機の音を聴かされて協力させられた。目隠しをされて、「B29の音を8千㍍、9千㍍、1万㍍と高度別に聴かされ、(音が)正面に来たときに、はい、と答える。高射砲に使えるというわけだ」と同書で証言している。
猪去さんが聴いたレコードは、このような過程をたどって、教育用民生用に発売されたものでしょう。軍用としては、もっと精緻なものがあっただろうと想像します。

これがどの程度役に立ったか? 東京・横浜、大阪・神戸、名古屋などの大都市への空襲をはじめとした無差別爆撃による被害、犠牲者の数を見れば答えるまでもないでしょう。

問題は、音楽も戦争とは無縁ではないということです。作曲者も、演奏家も、歌い手もすべて戦争に動員される。戦争はブラックホールみたいなもので、人の命も財産も、あらゆるものを呑み込んでいきます。私たちが歌う「第九」も呑み込まれたことがあります。

ところで、絶対音感教育の成果は? 著者の最相さんは言語哲学者丸山圭三郎氏の言葉を引用しています。「私たち少国民はピアノの音を聞いてB29の爆音や敵船のスクリュー音を同定し、それに反応できるような訓練を受けたものであった。その結果が昭和1ケタ音痴世代の誕生である」

絶対音感の持ち主が必ずしも音楽に優れているわけではない事例も報告されています。絶対音感は一つの能力ではあっても、音楽ではそれが全てではない。あった方が便利なこともあるが、絶対音感を持ち得ない作曲家はけっこういるそうです。音楽は、もっと深いところにあるのでしょう。

なお、『絶対音感』は音楽関係者や大脳生理学者など300人余りから取材した緻密で、とても面白いものです。加筆訂正されて、2002年に小学館文庫として発行されています。

バス:桐田豊正
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